霊性密度とオクターブの法則
「アセンション(Ascension)」の概念と意味を正しく理解していただくためには、その前に「霊性密度(Spiritual Density)」についての知識をしっかり頭に入れていただく必要があります。
というのも、「アセンション」が「三次元から五次元への上昇」を意味すると記した書物はか結構あるのですが、肝心の「次元」の意味を文中で解説したものはほとんどないのです。そのため多くの人が、これを数学の空間概念と同一視してしまうという間違いを犯してきました。これが長年に渡って、真理の探求者を悩ませてきた問題だったのです。
数学の空間概念というのは、座標移動の自由度を表し、一般に0次元は点、一次元は線、二次元は面、三次元は立体、と解説されます。偶然にも、私たちの暮らす世界が「立体」世界であったために、「三次元」の意味を、みなこのことだろうと捉えてしまったのです。
ところが、私たちの理解というのはここまでで、四次元となったときには、もう想像の範疇を超えてしまいます。そのような中で、「三次元から五次元へ上昇する」とか、「四次元の川を渡る」とか、「多次元的存在」と言われても、何のことやらさっぱり解らないということになってしまうのです。
霊的学習においてしばしば登場する「次元」という言葉の意味は、実はこれとは異なるのです。それは「周波数」の違いを指しています。他に「振動数」や「密度」という別の言い方もありますが、基本的にはみな同じ意味合いです。また、「周波数」とは反比例の関係になる「波長」の違いと言っても差し支えありません。
さて、〈宇宙は何によって出来上がっているのか?〉と言ったときに、現代物理学の歴史は、物質を構成する最小単位の発見を求めて、より微細な領域へと段階的に足を踏み入れて来ました。分子から原子へ、原子から原子核内へ、原子核内から素粒子へ。そして現在では、標準モデルと呼ばれる17個の素粒子が、物質の最小単位だと見なされています。
しかしこれは、あくまで物質に限った話ですし、物質面からのアプローチです。では、電磁波や、音波や、私たちの意識というものは何なのでしょうか? これらもまた、宇宙の中の何らかの「存在」であることは明白です。
ここで、世間常識を超える話をすることになりますが、この世で「科学」と言っているものは、その全部が、結果から結果を導いた学問なのです。
たとえば、この宇宙はビッグバンによって生じたと言います。でも、なぜ生じたのか、何が生じさせたのか、生じる前は何だったのかということは、その学説からはいっさい解りません。また、エネルギー保存則に照らし合わせると、この理論では、極小の一点に現在の全宇宙のエネルギーが、最初にすべて集約されていたということになってしまいます。その極大のエネルギーは、いつどのようにして、その一点に、無から生じたと言うのでしょうか?
このような疑問に解答が得られないのは、宇宙に顕れた「結果」だけを見て論考しているからです。そもそも、今の宇宙が「在る」というのは、それ自体が何らかの作用の「結果」なのです。ですから、その真の理由を知ろうとした場合には、物質界を超えた領域にどうしても足を踏み入れざるを得ないのです。
そのようにして、その解らない部分、つまり「結果」の「原因」をさらに追い求めていったものが、「因の科学」と称される分野です。そして、この「因の科学」は、古代より不変かつ普遍のものとして、物質界を超えた領域に存在し続けているのです。なぜなら、その領域とは無時間の世界、永遠の今が支配する世界だからです。これこそが「宇宙の法則」であり「真理」の源なのです。
その「因の科学」が、宇宙の成り立ちをこう言います。宇宙は、たった一つの「振動するエネルギー体」を基礎として、すべてが成り立っていると。そして、あらゆるものの違いは、単に「周波数」の違いによるだけなのだと。これが、いわゆる「波動の法則」の根本理論です。言い換えれば、宇宙のすべては「波動」であるということです。
物質が波だということは考えにくいかも知れませんが、物質はみな原子から成り立っており、マイクロレベルの世界では、粒子が同時に波動性を持つことがよく知られています。また、人間の意識は、それが生じて活動しているときには、脳波が観測されます。ですから、意識も念波という波なのです。ということで、これらもすべて「波動」だと言えます。
ここで、「因の科学」は驚くべき結論を与えます。宇宙に存在するあらゆるものは、単に周波数と波形の違いだけによって、固有の性質を顕しているのだと。
その一端を、私たちも確認することができます。γ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波は、その性質や作用がまったく異なりますが、その違いは、単に「周波数」が異なるだけなのです。「周波数」が異なるだけで、その姿や性質というものを変貌させてしまうのです。
さて、ここまでを理解していただいたうえで、次に万物を構成する「周波数」の違いというものに目を向けてみましょう。ギターのフレットの幅を見ますと、高い音になるほど間隔が狭くなっています。このように、「周波数」の変化というものは幾何級数的に増減し、またその変化は連続的です。
ということで、厳密には明確な区切りというものは存在しないのですが、「因の科学」では、「周波数」の高低差を便宜的に7つに分けるのです。そうすると、7分割した各周波数の帯域には、その帯域が意味している特徴的な性質というものが明確に表れます。精神世界で、一般に「次元」と言っている概念は、実はこれに当たります。つまり「周波数」の違いによる7階層です。
この階層には、「霊性密度(Spiritual Density)」とか、「オクターブ(Octave)」といった別の言い方があるのですが、「次元」という通称がもっぱら用いられているために、先に述べた混乱が生じてしまっているのです。
ちなみに、「霊性密度」は「密度(=周波数)」の違いによって「霊性」が変わるということを示しており、「オクターブ」は7つの階層をさらに7つ(7×7=49)に分けた際に、ピアノの白鍵と同じように8番めで次の帯域にジャンプすることからそう呼ばれています。また、波動の「相似形の原則」により、人間には大宇宙(Macrocosm)と同じ性質(Microcosm)が縮小版として備わっていることに留意してください。
では、7つの階層の大まかな意味を、低い方から順番に見てみましょう。なお、この階層には7色のシンボルカラーが割り振られていて、全部が合わさって白色になるという意味合いを持っています。
この階層の中で、第1~第3霊性密度までは物質界、第5~第7霊性密度は非物質界(広義の霊界)を表しています。中間の第4霊性密度は、物質化と非物質化が相互に行き来する半霊半物質界を示します。
人間は、物質としての「身体」を持つ一方で、感情や思考や直感という「意識」をも合わせ持った複合的な存在です。人間が、本来的に「多次元的存在」であるということの意味は、この7つの霊性密度をすべて有した存在であるということです。これは、地球では人間にまで進化した生命体にしかない性質であり、人間の可能性です。
ところが、ごく一般の人(常人)は、第5霊性密度以上の意識が閉じてしまっていて、宇宙に開いていないのです。これには人類創生に関わる遺伝的形質の問題が根本にあるのですが、人間が身体を持ったということも、この欠陥を形づくった大きな要因となっています。
どういうことかと言いますと、身体にはこの世をキャッチするための五感が備わっており、人間はこの地上世界を生きるために、日常の生活において、ほとんど無意識的に五感をフル活用しています。その結果、自己の「意識」が、身体感覚を優先した方向にどうしても引っ張られるのです。つまり、第3霊性密度の動物的意識の方へ傾くということです。
人間の「意識」の本体は「魂」にあって、その主たる場は、常人の場合、第4霊性密度にあります。第4霊性密度にある「魂」は、過去世で経験してつかんで来た、固有の能力や性質とともに、カルマをその内に秘めています。
これは、コンピュータで言うところのソフトウェアに当たり、その人は、脳というハードウェアを使って、「魂」の「意識」を物質界に合わせた形に変換し、外側に向けて投射しています。その結果、その人の「意識」の発露や行動には、その人固有の性質やカルマが表出するのです。
さて、このようなメカニズムから、常人の「意識」は、第4霊性密度と第3霊性密度の間をたえず揺れ動いています。これが心の「迷い」の理由なのです。そして、より身体性に引っ張られたとき、つまり動物的性質に波動を落としたときには、その人はエゴ的性質を強め、甚だしい場合には悪魔的な様相を呈するようになるのです。
また、エゴを有したまま、サイキックなものに特別な興味を抱いて、そこに「意識」を集中した場合には、半霊半物質界の魑魅魍魎たちに(波長が合ってしまい)捕まってしまう、ということにも成りかねません。これが「四次元の川」という言い方が示している意味です。ですから、この川に落ちないように気をつけながら、第六感以上を開く訓練をしていくということが、アセンションの鍵となるのです。
このようにして、第3霊性密度から、第4を超えて、第5霊性密度に「意識」の主体を上昇させていくことが、「三次元から五次元への上昇」ということの意味なのです。それでも、身体を持っている以上は、「意識」はどうしても上下するのですが、時とともにそれも安定し、やがては第5霊性密度の「意識」をほぼキープしたまま普通に生活できるようになります。これが、高い波動を固定して生きるということの意味となります。
本部中の霊性密度図はこちらからダウンロードしていただけます。▶︎ 霊性密度.jpg
というのも、「アセンション」が「三次元から五次元への上昇」を意味すると記した書物はか結構あるのですが、肝心の「次元」の意味を文中で解説したものはほとんどないのです。そのため多くの人が、これを数学の空間概念と同一視してしまうという間違いを犯してきました。これが長年に渡って、真理の探求者を悩ませてきた問題だったのです。
ところが、私たちの理解というのはここまでで、四次元となったときには、もう想像の範疇を超えてしまいます。そのような中で、「三次元から五次元へ上昇する」とか、「四次元の川を渡る」とか、「多次元的存在」と言われても、何のことやらさっぱり解らないということになってしまうのです。
霊的学習においてしばしば登場する「次元」という言葉の意味は、実はこれとは異なるのです。それは「周波数」の違いを指しています。他に「振動数」や「密度」という別の言い方もありますが、基本的にはみな同じ意味合いです。また、「周波数」とは反比例の関係になる「波長」の違いと言っても差し支えありません。
しかしこれは、あくまで物質に限った話ですし、物質面からのアプローチです。では、電磁波や、音波や、私たちの意識というものは何なのでしょうか? これらもまた、宇宙の中の何らかの「存在」であることは明白です。
ここで、世間常識を超える話をすることになりますが、この世で「科学」と言っているものは、その全部が、結果から結果を導いた学問なのです。
たとえば、この宇宙はビッグバンによって生じたと言います。でも、なぜ生じたのか、何が生じさせたのか、生じる前は何だったのかということは、その学説からはいっさい解りません。また、エネルギー保存則に照らし合わせると、この理論では、極小の一点に現在の全宇宙のエネルギーが、最初にすべて集約されていたということになってしまいます。その極大のエネルギーは、いつどのようにして、その一点に、無から生じたと言うのでしょうか?
このような疑問に解答が得られないのは、宇宙に顕れた「結果」だけを見て論考しているからです。そもそも、今の宇宙が「在る」というのは、それ自体が何らかの作用の「結果」なのです。ですから、その真の理由を知ろうとした場合には、物質界を超えた領域にどうしても足を踏み入れざるを得ないのです。
そのようにして、その解らない部分、つまり「結果」の「原因」をさらに追い求めていったものが、「因の科学」と称される分野です。そして、この「因の科学」は、古代より不変かつ普遍のものとして、物質界を超えた領域に存在し続けているのです。なぜなら、その領域とは無時間の世界、永遠の今が支配する世界だからです。これこそが「宇宙の法則」であり「真理」の源なのです。
その「因の科学」が、宇宙の成り立ちをこう言います。宇宙は、たった一つの「振動するエネルギー体」を基礎として、すべてが成り立っていると。そして、あらゆるものの違いは、単に「周波数」の違いによるだけなのだと。これが、いわゆる「波動の法則」の根本理論です。言い換えれば、宇宙のすべては「波動」であるということです。
物質が波だということは考えにくいかも知れませんが、物質はみな原子から成り立っており、マイクロレベルの世界では、粒子が同時に波動性を持つことがよく知られています。また、人間の意識は、それが生じて活動しているときには、脳波が観測されます。ですから、意識も念波という波なのです。ということで、これらもすべて「波動」だと言えます。
ここで、「因の科学」は驚くべき結論を与えます。宇宙に存在するあらゆるものは、単に周波数と波形の違いだけによって、固有の性質を顕しているのだと。
その一端を、私たちも確認することができます。γ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波は、その性質や作用がまったく異なりますが、その違いは、単に「周波数」が異なるだけなのです。「周波数」が異なるだけで、その姿や性質というものを変貌させてしまうのです。
さて、ここまでを理解していただいたうえで、次に万物を構成する「周波数」の違いというものに目を向けてみましょう。ギターのフレットの幅を見ますと、高い音になるほど間隔が狭くなっています。このように、「周波数」の変化というものは幾何級数的に増減し、またその変化は連続的です。
ということで、厳密には明確な区切りというものは存在しないのですが、「因の科学」では、「周波数」の高低差を便宜的に7つに分けるのです。そうすると、7分割した各周波数の帯域には、その帯域が意味している特徴的な性質というものが明確に表れます。精神世界で、一般に「次元」と言っている概念は、実はこれに当たります。つまり「周波数」の違いによる7階層です。
この階層には、「霊性密度(Spiritual Density)」とか、「オクターブ(Octave)」といった別の言い方があるのですが、「次元」という通称がもっぱら用いられているために、先に述べた混乱が生じてしまっているのです。
ちなみに、「霊性密度」は「密度(=周波数)」の違いによって「霊性」が変わるということを示しており、「オクターブ」は7つの階層をさらに7つ(7×7=49)に分けた際に、ピアノの白鍵と同じように8番めで次の帯域にジャンプすることからそう呼ばれています。また、波動の「相似形の原則」により、人間には大宇宙(Macrocosm)と同じ性質(Microcosm)が縮小版として備わっていることに留意してください。
では、7つの階層の大まかな意味を、低い方から順番に見てみましょう。なお、この階層には7色のシンボルカラーが割り振られていて、全部が合わさって白色になるという意味合いを持っています。
この階層の中で、第1~第3霊性密度までは物質界、第5~第7霊性密度は非物質界(広義の霊界)を表しています。中間の第4霊性密度は、物質化と非物質化が相互に行き来する半霊半物質界を示します。
人間は、物質としての「身体」を持つ一方で、感情や思考や直感という「意識」をも合わせ持った複合的な存在です。人間が、本来的に「多次元的存在」であるということの意味は、この7つの霊性密度をすべて有した存在であるということです。これは、地球では人間にまで進化した生命体にしかない性質であり、人間の可能性です。
ところが、ごく一般の人(常人)は、第5霊性密度以上の意識が閉じてしまっていて、宇宙に開いていないのです。これには人類創生に関わる遺伝的形質の問題が根本にあるのですが、人間が身体を持ったということも、この欠陥を形づくった大きな要因となっています。
どういうことかと言いますと、身体にはこの世をキャッチするための五感が備わっており、人間はこの地上世界を生きるために、日常の生活において、ほとんど無意識的に五感をフル活用しています。その結果、自己の「意識」が、身体感覚を優先した方向にどうしても引っ張られるのです。つまり、第3霊性密度の動物的意識の方へ傾くということです。
人間の「意識」の本体は「魂」にあって、その主たる場は、常人の場合、第4霊性密度にあります。第4霊性密度にある「魂」は、過去世で経験してつかんで来た、固有の能力や性質とともに、カルマをその内に秘めています。
さて、このようなメカニズムから、常人の「意識」は、第4霊性密度と第3霊性密度の間をたえず揺れ動いています。これが心の「迷い」の理由なのです。そして、より身体性に引っ張られたとき、つまり動物的性質に波動を落としたときには、その人はエゴ的性質を強め、甚だしい場合には悪魔的な様相を呈するようになるのです。
また、エゴを有したまま、サイキックなものに特別な興味を抱いて、そこに「意識」を集中した場合には、半霊半物質界の魑魅魍魎たちに(波長が合ってしまい)捕まってしまう、ということにも成りかねません。これが「四次元の川」という言い方が示している意味です。ですから、この川に落ちないように気をつけながら、第六感以上を開く訓練をしていくということが、アセンションの鍵となるのです。
このようにして、第3霊性密度から、第4を超えて、第5霊性密度に「意識」の主体を上昇させていくことが、「三次元から五次元への上昇」ということの意味なのです。それでも、身体を持っている以上は、「意識」はどうしても上下するのですが、時とともにそれも安定し、やがては第5霊性密度の「意識」をほぼキープしたまま普通に生活できるようになります。これが、高い波動を固定して生きるということの意味となります。
本部中の霊性密度図はこちらからダウンロードしていただけます。▶︎ 霊性密度.jpg