心を治める

治めるのが難しい人間の心

人間完成に至る道の、最初の関門は「心を治める」ことです。なにより、先ず心が治まり安定していないことには、霊界へのチャンネルなど開かれよう筈がありません。ところが人間のほとんどは、心の葛藤の中に埋没し、これと格闘し、ついに治めることなく一生を終えます。これが、人が何度も何度も輪廻転生を繰り返す、主因になっているのです。
 
なぜ心を治めるのが難しいかといいますと、自分の心を客観視するということが難しいためです。たとえば、あなたが指を怪我したとしましょう。指は傷みはしますが、その手当てをする自分の意識は、指を客観視することができます。ところが心はそれが出来ないのです。心の動きを観察しようとする意識も、また心だからです。
 
大酒飲みの人に、周囲の人が「そんなに飲んじゃ体の毒だよ」と忠告したとしても、たいていは「うるせい」と撥ね付けられます。それは、その人の心がお酒を飲みたいからで、頭の隅に「体に悪いかな」という思いが多少あったとしても、飲みたい心の方が勝ってしまい、止めるという行動を起こせないのです。
 
周囲の人は、外側から他者を見ているので、本人が気づいていないことを指摘してあげられます。ところが、それは大抵は欠点ですから、面と向かって言うことはあまりしませんし、自分の方から「欠点を指摘してくれ」と言う人も、めったりおりません。これは、弱みを見せたくないという思いを多くの人が抱いていて、素直になれないからです。
 
このように、自分の心を客観的に見る方法は、決してゼロではないのですが、それよりも、自分の意識行動を常に優先する生活を、多くの人が当たり前のようにしているために、よほど困った時や途方にくれた時にしか、立ち止まって自分を見つめるということをしてみようとはしないのです。
 
心を治めるのを難しくしている二番目の原因は、その人の「心グセ」です。どうしてもそのように考えてしまう、感情を動かしてしまうという、その人が持つ特有の心のパターンです。これも、本人はその中に埋没しているために、自分の心グセにはまったく気づいていません。
 
時々、不思議になるのですが、悩みがあると言って相談に来られていながら、この人は、本当はその悩みを手放したくないのではないかと思うことがあります。それほど、この心グセというものは頑固でしつこい。多くの人が、自分の古巣へとまた帰っていってしまいます。
 

心とは何か?

心を治めるためには、まず心とは何かを知らなくてはなりません。心は、脳の働きによってつくられると主張する方々がおられます。今日ではこの考え方が一般に広く浸透していて、それからすれば、心の不調は脳の機能障害にあるのだから、この機能障害を薬物によって改善すればいいという発想になり、実際に多くの向精神薬が処方されています。
 
しかしこの考え方は、完全な誤りです。もし脳が心をつくっているのだとしたら、その脳を動かしているものは何なのでしょう? 脳が勝手に動くとでもいうのでしょうか? 仮にそうだとして、勝手に動きながらどうして一つの意識の方向を定めるのでしょうか? そもそも、物質である脳から非物質の意識がどうやって生まれるのでしょうか?
 
脳という器官は、コンピュータで言えばハードウェアです。確かにそれは何かを生み出す能力を持ってはいますが、それだけでは機能しません。ソフトウェアがあって初めて脳が機能するのです。ではそのソフトウェアとは何か? OSに当たるのがその人の「魂」であり、アプリケーションに当たるのが、その人がそれまでに培ってきた体験なのです。
 
つまりあなたの心は、あなたという魂と、それまでの体験と、脳の三つが合わさってアウトプットされたものです。この三つのうち、脳の機能障害というのは言われているほど多くはなく、ごく僅かでしかありません。そうではなく、心の問題というのは、魂、もしくは人生上の体験に起因したものがほとんどなのです。
 

心を治めるに当たっては、二段階で考える

心を治めるに当たっては、第一には、いま言ったメカニズムをよく理解して、自分の心を客観視し、冷静に分析してみる過程が必要です。その上で、心をコントロールする技術を身につけて行く。そうすれば、暴れる心もしだいに治まって行きます。これが達成されると、随分楽になってはいきますが、しかしまだ充分ではありません。これはまだ対処法です。
 
本当に心を治めたいと思ったら、さらに一段階飛躍する必要があるのです。なぜかと言いますと、人間の不安感の根本には、自分は何者なのか、なぜ生まれて来たのか、生きる意味はあるのか、死んだらどうなるのか、という自分という「存在」に関しての、拭い難い疑問というものがあるからなのです。
 
そこから、霊的世界へと目を向けざるを得なくなるのです。しかし一般の方は、そこまではしません。第一段階がゴールです。ごく僅かな探究者、求道者のみが、その先へと歩みを進めます。そして「魂」というものの存在と、その存在のあり方を知った時、またただ知るだけではなく、体に入り一体となった時、その人は真の心の安定に達します。
 
『虹の学校』では、いま言ったことを、部分的にはセミナーなどを通じてお伝えしております。しかしまだ、まとまったプログラムがご用意できておりません。また、テキストブックなども作りたいと考えておりますが、余裕がなくて着手できておりません。
 
第一段階の心の治め方につきましては、ブログ『気づきの啓示板』の中に、断片的にですが、ヒントになることが書かれてあります。また、頓服薬的な対処法として「アファーメーション」と「魂に沁みる歌」をHP内に掲載しておりますので、よろしければご活用なさってください。