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霊性密度と振動数

宇宙のすべては、ただ「波動」の変化より成る

 
この宇宙は、どんなふうに成り立っているのだろうか?
どのようにして出来たのだろうか?
それを成立させた力というものは何だったのだろうか?
 
このような疑問を、過去に一度ならずとも抱いたことはありませんか? しかしそう思ったとしても、その直後にはきっと疑問そのものを打ち消してしまったことでしょう。なぜって、誰もその答えを知らないからです。そればかりか、そんな疑問を抱く人間は、少々頭のおかしいヤツと思われてしまうに違いありません。
 
でも変ですね。宇宙は、私たちが拠って立つ基盤です。宇宙の中に私たちは生きている。それなのに、その基盤がどういうものか解らないのだとしたら、私たちの「存在」そのものにも疑問符がついてしまいます。ところが人間は、宇宙の成り立ちも知らないし、生命の謎も解明できてはいないし、「存在」の意味も理解できていないのに、それでも毎日を生きているのです。
 
カルーセル
そして、宇宙は『ビッグ・バン』から始まった、という宇宙物理学者が唱える説を鵜呑みにして、内心では「?」と思いながらも、権威がそう言うのだからと、そういうものだということにして、それ以上は自分では追究しようとせずに、カルーセルの馬上にただ乗って、日々上下動しながら面白おかしく生きているのです。
 
「宇宙は『ビッグ・バン』から始まった」と言う人がいたら、その人にこう訊いてみてください。「始まる前は、どうだったの?」と。それで、もしその人が「『無』だった」と答えたとしたら、さらにこう訊いてください。「どうして、『無』から『有』が生じることが出来るの?」と。そしてさらに、「それをさせた力というものは、いったい何なの?」と。『ビッグ・バン』説は矛盾だらけです。
 
宇宙には、始まりも終わりもありません。「時間」というものは、物質界に生きる私たちの、認識上の錯覚なのです。その証拠に、私たちは「時間」というものを取り出して明示することが出来ません。冷静になって考えてみれば解るように、私たちは「今」という場面(Scene)をただ連続的に生きているだけなのです。しかし物質界では、形態的な変化というものがつねに起きる(=無常)ために、それを「時間」の経過と解釈しているのです。
 
宇宙の構成成分
このような錯覚が生じている根本的な原因は、宇宙のすべてが「物質」から出来ていて、私たち人間もまた「物質」的存在であると考えているためです。けれども、そうではありません。興味深いことに1970年代の後半に入ってから、宇宙物理学は、この「そうではない」という事実を認めるに至っています。
 
宇宙の組成のうち、いわゆる「物質」はわずか5パーセントに過ぎず、現在では、26パーセントが「ダークマター」、69パーセントが「ダークエネルギー」によって占められていると考えられているのです。ちなみに、ここで言う「ダーク(Dark)」は、日本語では「暗黒」と訳されているのですが、〈実体が何だかよく分からないもの〉のような意味で使われています。
 
これらは、物質科学が「宇宙の真理」を後追いしているのであって、このようなことは、先の「時間」の問題も含めて、古代より繰り返し言われてきたことの今日的な認識に過ぎないのです。なぜなら、「真理」は不変であり、そもそも「宇宙」は無時間の中にあるからです。しかし、私たち人間は、身体を持ち物質界に生きていますので、物質界の制約を受けます。そのため、その時代の「科学」の発達と認識の影響下でしかものごとを理解できません。
 
古代から、「宇宙」に関しては、次のように言われて来ました。
「宇宙」は一つのものから出来ている。
 
しかしその意味が、人々にはまったく理解できません。人間界で言うところの「科学」は、つねに分化、分類というひたすら細分化する方向へと目を向け続けてきたために、大きな統合に想いを馳せるということが出来ません。その部分は「神学」に委ねられ、その「神学」がそれぞれ勝手な「神」概念を創造してきたのです。
 
その結果、細分化へと向かう「科学」と、統合概念を想像(創造)する「神学」との間に、もの凄いギャップが生じたまま、今日に至っているのです。
 
私は、〈「宇宙」は一つのものから出来ている〉を、発展した「物質科学」との仲立ちを取る意味も兼ねて、今日的に〈宇宙のすべては、ただ「波動」の変化より成る〉と言い換えたいと思います。しかしこれも、すでにその端緒が、「量子力学」において実は開かれているのです。それは、「超ひも理論(Superstring Theory)」と、「素粒子の標準モデル(Standard Model of Particle Physics)」というものによって。
 
そちら側の難しい話はさておき、〈宇宙のすべては、ただ「波動」の変化より成る〉という話をさらにひもといて参りましょう。
 
宇宙を構成している「素」はたった一つ。それは「振動するエネルギー」である、というのが古代からの変わらぬ説明です。この説は、「スピリチュアリズム」においては、「バイブレーション(Vibration)」という言い方がよくされてきました。日本語では「波動」です。知らない人は、その言葉に怪しさを感じるかも知れませんが、自己の「霊性」が高まっていく *1と、実際に「波動」を知覚できるようになる *2のです。
 

*1:『意識のマップ』の「エネルギーレベル」で言うと、【200】を超えた辺りから。
*2:しかし、「知覚できるようになる」と言っても、ほんの部分的な振動数帯域に過ぎず、個人差も大きい。

 
「波動」という言葉が怪しさを伴う理由は、一つには、それを語っている人の大半が、実際には自分では「波動」を知覚できないのにも関わらず、その言葉を安易に使ってしまうという例があまりにも多いからです。二つには、「波動」を知覚できる人であっても、ただ「波動」とか「バイブレーション」と言うだけであって(つまり、自分の感覚だけを語っている)、その科学的意味を伝える努力がこれまでされて来なかったためです。
 
動物によって聞こえる周波数
けれども「波動」理論は、例えばヴァイオリンのような弦楽器の演奏で見られる現象を考えて、これを敷衍(ふえん)してみれば、それほど難しくなく理解できます。なぜなら、音波も「波動」の一つですが、人間には音の可聴域というものが限られているというだけであって、その可聴域の前後にも音は鳴っているわけです。実際に、犬、猫、コウモリ、イルカなどは、人間には聞こえない周波数の音を聞くことができます。
 
もう一つ、別の例を挙げましょう。紫外線、赤外線は、どちらも人間の眼には映りません。これは、「光」のスペクトルの「紫」の外側にあるので紫外線、「赤」の外側にあるので赤外線と言っているわけです。ところが、眼には映らないのですが、人間には別の「知覚」センサーがちゃんとあります。紫外線に当たれば肌は日焼けをしますし、赤外線は熱として感じることができます。
 
これと同じ理屈で、普通の人には知覚できない「波動」も、訓練次第で知覚できるようになります。また、生まれつきその知覚センサーが発達した人もいます。このような人たちは、幼少時からたいへんな苦しい思いを味わってきたはずです。なぜかと言いますと、人間界で出している「波動」は、それはそれは不快な、低劣なもので溢れかえっているからです。これが、敏感な人には、頭痛や胸痛や吐き気をもたらすのです。
 
さて、ここで一本の弦を考えてみてください。ギターでもヴァイオリンでもいいのですが、弾くところの弦の長さが短いと高音、長いと低音が出ることはお分かりでしょう。これは、弦が短くなると振動数が高く、逆に弦が長くなると振動数が低くなるためです。このように、弦の長さ(波長)と振動数とは、反比例の関係にあります。では、この弦を、どんどん縮めていった場合と、逆にどんどん長くしていった場合にはどうなるでしょうか?
 
結局、「宇宙」というものは、そのように出来上がっているということです。すなわち、極小から極大まで、たった一つの「素」であるところの「振動するエネルギー」が、ただ振動数を変えるだけで、すべてのものが成り立っているのです。
 

物質化現象と非物質化現象

その際に、「非物質」の状態から「物質」の状態へと移り変わる、あるいは逆に「物質」の状態から「非物質」の状態へと移り変わる「境い目」というものがあるのです。「スピリチュアリズム」では前者を「物質化」、後者を「非物質化」と言っています。この「境い目」が、『素粒子の標準モデル』によって示された、と私は思うのです。
 
なぜなら、『素粒子の標準モデル』には現在のところ17個が規定されているのですが、この中に(現段階の説として)「質量」ゼロのものが含まれているからです。それは「光子(Photon)」です。そして、限りなくゼロに近いというものに「ニュートリノ」があります。「光子」に関しては、それを「粒」とみなしていることに、私としてはいささか抵抗感を覚えるのですが、それはさておき、「素粒子」が粒子性と波動性の二面性を持つことはよく知られています。
 

*「光子」にも質量があるのではないか、という考えも完全には捨て切れていません。「ニュートリノ」も、最初は質量がゼロだと言っていたものが、のちに修正されました。

 
素粒子の標準モデル

 
その事実から、私は「素粒子」が、「物質化」と「非物質化」の「境い目」に当たるのであろうと見当をつけました。つまり、粒子でもあり、波動でもあるということと、両方を同時には観測できない(相補性)という性質から、「物質化」と「非物質化」の間を行ったり来たりすることが、おそらくこの「素粒子」レベルの大きさで起こっているのであろうと考えたわけです。また、「超ひも」の推定の大きさが、古代より言われてきた「振動するエネルギー」の「元素(Elememt)」に当たるであろうと考えました。
 
ところで、音波やよく知られた電磁波に関しては、「波長」と「振動数」の測定値が明らかになっています。一方、「波長」と「振動数」とは反比例の関係にありますから、これを2軸の対数グラフにプロットした場合には一直線として描けるはずです。
 
ここでもし、〈たった一つの「振動するエネルギー」が、ただ「振動数」を変えるだけで宇宙のあらゆるものを形づくっている〉という原理を受け入れるとするならば、宇宙のあらゆるものが、同じ一直線上に並ぶはずです。そこで物体に関しては、その大きさを「波長」と同等と見なして、これに前記した「素粒子」と「超ひも」の推定値などを加えて主要なものを直線上にプロットしてみました。
 
霊性密度の周波数帯域仮説

 
果たしてそのようにしてみますと、「振動数」の乗数がきっちり10乗ごとに変わる箇所で、「霊性密度」の7階層の境界に相当する変化が、実にうまい具合に捉えられたのです。私は思わず雀躍(こおど)りしました。そしてホッと安堵した瞬間、さらにあっと驚くようなインスピレーションが飛び込んで来たのです。それは、「第1霊性密度」と「第7霊性密度」とが連続しているというものでした。えっ、極小と極大が連続する ⁉︎ しかしその理由を聞いて、「なるほど!」と唸りました。
 
大きさが極小のものは「振動数」が極大に向かいます。反対に、大きさが極大のものは「振動数」が極小に向かいます。すると、前者は波形の密度があまりにも狭まるためにフラットになり、反対に後者は波形があまりも長大に伸びるためにやはりフラットになるのです。その結果、フラットとフラットを通じて相転移が起こるのです。ということで、このマップは、「第1霊性密度」と「第7霊性密度」をくっつけた筒状になっている(図の右下)と考えれば解りやすいでしょう。
 

 

霊性密度の周波数帯域

しかし、以上の結論は、物理学者を決して満足させることはないでしょう。が、私としては非常に納得がいくものです。なぜなら、〈宇宙には始まりも終わりもなく、そして果てしもない〉という、古代から言われて来た「真理」の後者の部分が、これですんなりと説明できたからです。これが「正解」だなどと言うつもりは毛頭ありませんが、長年にわたってスッキリしなかった喉のつかえが、少なくとも私的にはこれで下りました。
 

*前者が「アミターユス(Amitāyus:無量寿)」、後者が「アミターバ(Amitābha:無量光)」ということで、これが「阿弥陀」信仰の起源になっている。

 
ということで、確定した「霊性密度」と「振動数帯域」との関係を、以下に記載しておきます。
 

霊性密度 振動数(Hz)
第7霊性密度  10^50 ~ 10^-10
※極大から極小へ相転移が起こる
第6霊性密度 10^40 ~ 10^50
第5霊性密度 10^30 ~ 10^40
第4霊性密度 10^20 ~ 10^30
第3霊性密度 10^10 ~ 10^20
第2霊性密度  1 ~ 10^10
第1霊性密度  10^-10 ~ 1