〝ヒーリング〟に関する研究図書
このコーナーでは、いわゆる〝Healing(癒し)〟に関するお勧めの本をご紹介いたします。
〝ヒーリング〟は、多くの人にとって霊的世界に関心を抱く際の門戸の一つになっているのではないでしょうか。これには、現代医療が見放した難病・業病の治癒から、長年続く不定愁訴からの解放、心身のリラックス、生命力の回復といったことまでの幅広い意味合いが含まれます。しかし、そのメソッドがはっきりとは謳われていないために、同時に、関心と同じほどの疑念を人々に抱かせていることもまた事実です。
私も、かつては〝ヒーリング〟の様々な分野に大いに関心を抱き、逐次学習に当たっていましたが、ここ20年ほどは「死者の書」を世に出すというミッションに専念していたために、そちら方面に目を向けるということがあまりなくなっていました。
ところが、『エリシャムの書』の執筆中に再びそちら方向へと導かれる機会が生じ、調べてみると、もはや私が見知っていた世界とは大きく異なる進化した世界がそこに広がっていたのです。しばらくして、〝ヒーリング(癒し)〟という概念には、人間にとって、想像した以上の根源的な意味合いがあることに気づかされました。
これには、三重の意味があったのです。まず一つは、人間にとって「輪廻転生」という宇宙システムそのものが、〝ヒーリング〟になっているということです。二つめは、その人のトータルな「自我」が癒やされていく過程 ── つまり「カルマの解消」が〝ヒーリング〟であるということ。そして三つめが、いま目の前にある心身の苦痛を癒すことです。
ふつう〝ヒーリング〟と言った場合、人々の関心はもっぱら三番めの〈いま目の前にある心身の苦痛を癒すこと〉に向いているのではないでしょうか。しかしこれは、人間にとっては、あくまで狭義の意味における〝ヒーリング〟なのです。
病いや傷や悩みのていどが深刻である場合、これが治癒した際にはしばしば「奇跡だ」というように言われることがあります。けれどもそれは、人間界の、既成の理解度から見た場合の見え方であって、宇宙的な観点から言えば、きちんとした因果関係があってそのような治癒が起きています。つまりそこには、二番めの広義の意味での〝ヒーリング〟の扉がすでに開かれているのです。
よく言われることですが、何事にも偶然はありません。宇宙のすべての活動は「因果律」によって支配されています。その人がいま置かれた状態 ── 良くも悪くもが、ちゃんとそうなる原因があって、そこにいまそれが現われているのです。ですから、眼に見える状態というものはその「結果」部分に過ぎません。「奇跡」が起こるのは、原因部分に癒しが施されるので、それが眼に見える部分にも及ぶということなのです。
さてここで、患者本人に、どのようにして「カルマの解消」(別の角度から見れば「真我」や「神我」への気づき)が起こるかです、これには病気や苦悩をきっかけに気づくというパターンと、癒しが起きたことによって気づくというパターンがあります。前者はこれまでの生き方の反省から、後者は人智を超えた存在への感謝から、「真我」→「神我」の発見という道に至ります。
しかし、こうした「気づき」がない場合、いっときは快癒したように見えたとしても、根本にある原因が解消されたわけではないので、いずれまた再発するか、別の箇所に問題が生じてきます。
いま言ったことは、実際に死の淵から生還したような人はみな実体験として解っていることです。けれども、現在の主流医学はそのような因果律を考慮していませんし、また認めませんので、もっぱら表層的な治療行為にばかり目を向けているのです。結果的に、患者もこうした主流医学の考え方に深く洗脳され、〝ヒーリング〟はオカルト扱いされているような始末*です。
*ただし、ヒーリングを望まない「魂」もいることは考慮しなければなりません。よかれと思っても、押しつけはできないのです。
というわけで、現代に生きる人々の多くは、いまなお広い意味での〝ヒーリング〟の機会に立ってはいません。しかしこれも、今度の「ワクチン禍」の事件をきっかけにして徐々に変わっていくことでしょう。
人類がいまだにこうした苦悩の中に生きなければならないというのは悲しいことですが、しかしそれとても「輪廻転生」というサイクルの一つの体験に過ぎず、超広義の意味から言えば、「魂」は、必ず〝ヒーリング〟されていく方向へと道を歩んでいきます。その意味で、あなたも、あなたも、みな大安心の中に生きていると言ってよいのです。
ヒポクラテスが語った「人間は体内に100人の名医を持つ。 医者のなすべきことは、その名医を手助けすることだ」は、いつの時代にも変わらぬ「真理」です。以下にご紹介するものは、狭義の〝ヒーリング〟から、広義の〝ヒーリング〟までを含むものです。あなたがもしもヒーラーを目指すのであれば、ぜひとも読んでいただきたいものばかりです。どうぞ参考になさってください。
「病い」という出来事の、奥に隠されたメッセージを知る
ライフヒーリング (You Can Heal Your Life)
ルイーズ・L・ヘイ著
本書は、一般向けに書かれたもので、記述もそれほど難しくはありません。今のあなたが、もしも自分への「癒し」を必要としているのであるならば、まずはこの書に向き合ってみてください。内容は平易に書かれていますが、本書は、前段で示した、狭義の〝ヒーリング〟と広義の〝ヒーリング〟をブリッジする役割を持っています。つまり、表面にある問題から、その奥にある真の原因に気づけるよう配慮がなされています。
著者のルイーズ・L・ヘイ(Louise Lynn Hay、1926 - 2017年)は、幼少期に性的虐待を受け、15歳で高校を中退、16歳で出産を経験したりと苦難の少女期を歩みましたが、その後はシカゴやニューヨークに移りファッションモデルとして活躍した、という数奇な運命をたどった人です。こうした自身の辛い体験の中から、やがてスピリチュアルな覚醒を得て、本書で示したような内容を話すようになりました。
本書の特徴については前文に書いた通りですが、ここで示されたアドバイスは、どれも本質的な真理より導き出されています。その意味で、嘘やごまかしはありません。あとは、ルイーズの言葉をきっかけに、読者がどこまで自分を開くことができるかです。入り口で留まってしまうか、「真我」の気づきを得るか、さらに進んで「神我」を見い出すに至るかはその人自身にかかっています。
日本語訳の本書には、巻末に同じ著者の『Heal Your Body』からの転載で、〈その病気が示しているところの霊的な真因と、その改善策としての思考の転換法〉が病気別に一覧表で示されています。いま具体的に何かの病気に悩まされているという方には、それぞれの短い一文が強烈に響き、その人に改善のきっかけを与えることになってくれるでしょう。
〝ヒーリング〟の実践的な面について知りたい人に、まさにうってつけの入門書
霊的治療の解明 (Spirit Healing)
ハリー・エドワーズ
本書が書かれたのは1960年ですが、霊的治療とは何たるかを、真摯に、正直に、また本質に迫って語ったものとしての意義は現代においてもいささかも古びてはいません。ただし、当時の時代状況というものを多少頭に入れて読まれたほうがよいかもしれません。これについては 『エリシャムの書』の第5章に書きましたので、参考になさってください。
実際のハリー・エドワーズは非常に謙虚で素朴でかつ熱心な人だったようです。彼の評判を耳にしたイングランド国教会が1954年に「神癒に関する大主教委員会」を立ち上げて調査に乗り出した際も、治癒に成功した事例の文書証拠を多数提供して調査に積極的に協力しました。しかし、教会も医師会も結局はハリー・エドワーズの〝ヒーリング〟をいっさい認めようとはしませんでした。
これは、今日までも続く既存の権威筋の狭量さを示したものです。しかしそれも、打ち破られるときがとうとうやってきました。本当の医療、真実の治癒法が、表舞台に再登場してくる機運がどんどん増しています。時の権力に、ハリー・エドワーズは残念ながら敗れはしましたが、それから70年が経過し、霊的治療の実効性を認めるセカンドチャンスがいま訪れているのです。
興味深いのは、ハリー・エドワーズが、次に紹介するダスカロスと繋がりがあったことです。これはあまり知られていませんが、彼はダスカロスが主宰する「真理の探究者(The Researchers of Truth)」のイニシエーションを受けるために、1954年にキプロス島を訪れていました。こうしたことからも、一連の動きが、すべて神庁のご計画のもとに進行していったということがよく解るのです。
ヒーラーを目指す人の実践書としては完璧ともいえる内容
スピリチュアル・レッスン(Your Healing Power)
ジャック・アンジェロ
これはなかなかの良書です。一冊の中に、スピリチュアル・ヒーリングのイロハから、実際にヒーラーになるために学んでおくべき基礎知識、そしてそのための訓練法までもが懇切丁寧にまとめられています。ヒーラーを目指す人の実践書としては完璧と言えるのではないでしょうか。またそうでない人にも、本書内で書かれている各種エクササイズは、霊性開発に非常に役立つものとなるはずです。
著者のジャック・アンジェロ(Jack Angelo)は、イギリスのNFSH(National Federation of Spiritual Healers)に所属するヒーラーで、自身ヒーラーとして活動する一方、国内外でワークショップを開催したり、後進育成のトレーナーとしても大活躍しています。また美術愛好家でもあり、絵画や彫刻作品を制作したり、アール・ブリュット(Art Brut)のよき理解者でもあります。 https://jackangelo.uk/
イギリスといえば、ハリー・エドワーズの名が真っ先に浮かぶのですが、本書はその延長上に書かれた、より具体的な、より詳しい解説書として位置づけられ、さらに21世紀にも通用するヒーラーの訓練本になっていると言えると思います。監訳者の井村宏次氏も巻末の解説で書かれているのですが、本書には、確かにハリー・エドワーズに通じる「ジェントルマン」と「チャリティー」の精神が流れていると感じます。
全部で15の章立てになっていますが、各章がそれぞれ一つのテーマで構成され、章の最初に著者が経験した具体的事例、続いてそこから紐解いた解説、そして関連するエクササイズの紹介という形式を全編を通じて踏襲しています。そのため、すんなりとそのテーマの内容が入ってきます。記述にも難解さがなく、訳もよいので、初心者の方にも取り組みやすいと思います。
ただし、ここに書かれているエクササイズに実際に取り組んでいく気持ちがないと、せっかくの良書も無用の長物になってしまうことでしょう。本書には98ものエクササイズが紹介されていますが、たとえ一つ二つからであっても、実際にエクササイズに取り組み、感覚を磨いていかないことには、スピリチュアル・ヒーリングの真髄に迫れるものではないからです。
しかし、地道に、着実に努力を続けていけば、本書の価値がもっとよく解っていくのではないでしょうか。バーバラ・アン・ブレナンの『光の手』シリーズは、研究者にはとても興味深いのですが、実践家であろうとする人には、この『スピリチュアル・レッスン』を手にして学んでいけば、もうそれで充分すぎるくらいに充分だと思います。
「呼吸法」に絞ったというという点だけをみると、なにか限定的な印象を与えるかもしれませんが、決してそうではなく、それほど重要だということ、基本中の基本だということをこれは表わしています。『スピリチュアル・レッスン』を読んでもしよかったと思われたら、こちらのほうにもぜひ取り組んでみてください。
真理の真髄をオープンにし、あわせて〝ヒーリング〟との関係を示した書
エソテリック・ティーチング (The Esoteric Teachings)
ダスカロス
書名にある「エソテリック」とは、「秘教(密教)」のことを意味します。ギリシャ語で「ἔσω(エソ)」は「内へ」という意味。「-teric」は形容詞を作る接尾語で、そのことから「Esoteric」は「より内側にあるもの、内奥のもの」を意味し、これが転じて「秘教」を表わすようになりました。ですから、「Esoteric Teachings」を訳すとすれば、「秘教講義集」といった意味合いになるでしょうか。
反対に、「より外側にあるもの、外に向けたもの」のことは「Exoteric(エクソテリック)」と言い、こちらは「顕教(一般大衆に公開されたもの)」を意味します。「外へ」の意味であるギリシャ語の「ἔξω(エクソ)」は、「エクステリア(家の外側の空間演出)」といった言葉に見られるように、英語でも接頭語として使われています。
著者のダスカロス(1912 - 1995年)は、本名をスティリアノス・アテシュリスと言います。しかしギリシャ語名は一般に馴染みが薄くまた言いづらいので、愛称であるダスカロスの名が定着してしまったのです。これらの経緯とダスカロスの言行録については、「研究図書」欄の「メッセンジャー三部作」で紹介文を掲載しています。
本書『エソテリック・ティーチング』は、そうしたダスカロスの日々の言行を支える基になっている理念を著わしたものです。ふつう「秘教」というものは、その名の通り一般に明かされることはまずありません。その理由は、一つには、目指すものへの到達も、また理論的な解釈も、一般の人々にはかなり難しい*ためです。もう一つは悪用されたり事故が起こるのを防ぐためです。
*これは「難解」というわけではなく、視点の転換、価値意識の逆転、自己の変身を必要とするために、それを受容していくことが難しい。
しかし、この『エソテリック・ティーチング』にはその真髄が披露されているのです。これも時代の要請と言えるでしょう。そのような「隠されてきたもの」が、一般の人々にも知らされる時期にきたということです。ただし、たとえオープンにされたとしても、目指すものへの到達や、どこまで解釈できるかということについては、やはり別の問題として引き続き残ります。
「秘教」は、これまで一般に馴染みがなかったために、過度な神秘性を持たれたり、逆に恐れを抱かせたりしてきました。「秘教」については〈独学は危険であり、必ずきちんとしたグル(霊的指導者)の指導を受けなければならない〉と多くの書が指摘しています。しかし問題は、そのようなグルが今の時代、どこにいるというのでしょうか? 私も探しましたが、80年代を最後に、どうも払底してしまったようなのです。
時代は変わりました。確かに、「秘教」のレッスンに危険がまったくないわけではありません。しかしそれは、霊的世界の構造把握や真理の理論化がまだ未完成だった時代に、無謀な取り組みをした一部の人がそうなったのであって、「真理」をしっかりと学んで、ゆっくり取り組んでいけば危険はありません。「真理の探究者」に「神」がどうして危険を与えるというのでしょうか? むしろ今日では、「秘教」への参入者がほとんどいないということのほうが問題です。
では、「秘教」と「顕教」とでは何が違うのでしょう。端的に言えば、「秘教」とは〈己を変身させる技法〉だということです。どのように? 内なる「神我」に気づき、霊主体従の生き方に変身するのです。これに対し、「顕教」は「神」を自分の外に見て、これにできるだけ近づいていこうとしていきます。いわゆる「信仰」です。つまり、今の自分は本質的に変えません。この、自分を変えるか変えないかが、両者の決定的な違いです。
ダスカロスは、「スピリチュアル・ヒーラー」と言うよりも、「真理を説くメッセンジャー」でありグルでした。「スピリチュアル・ヒーラー」としても類い稀なる実力を発揮したのは、イエス・キリスト的万能性によるもので、そのパワーの出処は、内なる「神我(キリスト意識)」にありました。本書『エソテリック・ティーチング』が伝えるところはまさにそれです。そしてこれは「霊的治癒」の根本原理でもあるのです。
さて、そのような重要な位置づけを担う本書ですが、読み進めるのにはかなり根気を必要とするでしょう。いちばんのネックは言葉の問題で、ギリシャ語由来の言葉やダスカロス流の単語が随所に登場してきます。巻末にいちおう言葉の意味を説明した一覧が用意されているのですが、いちいちめくって確認しなければならず、文章の概念把握には相当な苦労を強いられます。
しかし、事前に『エリシャムの書』を読んでいただいた方には、これが多少の助けになると思います。たとえば、肉体、サイキカル体、ノエティカル体とあるのは、肉体(第三)、アストラル体(第四)、カラーナ体(第五)に置き換えて読めば同じことを言っているということが分かりますし、ノエティック・ステート、コーザル・ステートは、第六霊性密度、第七霊性密度のことを言っているのだろうと見当をつけることができます。
ですから、諦めずに取り組めば「真理」の本質をつかむことが出来るでしょう。ということで、かつてのようにグルを探してぐるぐる行脚する必要はもうないのです。ダスカロスが今もここにいるのですし、あなた専属の霊的指導者(ガイド)もつねに横にいるわけですから。もっと言えば、わが内なる「神我」を見い出した人間は、すでにその人自身がグルなのです。
これからの時代に〝ヒーラー〟を目指す人にとって必読の書
光の手 (Hands of Light)
癒しの光 (Light Emerging)
究極の光の手 (Core Light Healing)
バーバラ・アン・ブレナン
バーバラ・アン・ブレナン(Barbara Ann Brennan、1939 – 2022年)は、「スピリチュアル・ヒーリング」の分野に革新的な視点をもたらした天才です。まさにマスターと言っていい魂であり、今生の役割を与えられた人です。バーバラの何が凄いかと言うと、ダスカロスでさえなし得なかった「スピリチュアル・ヒーリング」の理論的背景を、科学的視点を交えて克明に描き出したことです。
それは、人体の周囲に形成される「エネルギー・フィールド」のあり方と動きを観察した理論で、ここで『パワーかフォースか』を書いたデヴィッド・R・ホーキンズの考え方とも繋がってくるのです。
人体のあり方を「エネルギー・フィールド」の観点から捉えるという考え方は、中国では「気」、インドではアーユルヴェーダの「ドーシャ」に見られるように、東洋においては古くからすでに確立されていました。しかし、それらのエネルギーは普通の人には見えないものですから、近代以降、物質科学が急速に発達した西洋では、そうした考え方を受け入れる下地がなかったのです。
ですから、「エネルギー・フィールド」の視点に立ち返るということは、もっとも古い宇宙論にもっとも新しい近代科学が再接近するという統合の意味合いを持っています。バーバラ・アン・ブレナンの凄いところは、その「エネルギー・フィールド」を、驚異的な霊視能力と透視能力*を使って微細に分析した点です。つまり、科学的視点と霊能とが合体しており、どちらも一級品だということ。このような人物の輩出はめったに起こりません。
*霊視能力と透視能力:どちらも似たような能力ですが、ここでは霊的存在が実際に見えることを霊視、その他、過去世や人間関係や病気の原因等をつかめることを透視と分けて使っています。
あなたがもしもヒーラーを目指したいのであれば、これからの時代、『光の手』は必読の書です。もはや、単なる不思議現象や奇跡ということであってはなりません。今後は、科学的視点と理論と霊能とが合わさり、バランスされていかなければならないのです。その意味で、『光の手』は現在入手し得る至高のテキストとなっていると思います。
『光の手』を読んでまず驚いたのはチャクラの位置と数の説明です。これには、従来より7箇所説と12箇所説があったのですが、バーバラが示したのは、これまでのどれとも違う12箇所説でした。バーバラは1番と7番を縦軸に、途中の2番から6番までは身体の前方と背面の両側に付いているとしたのです。つまり、身体を前方から見た場合の位置と数は従来言われていた通りの7箇所なのですが、背面にも5箇所あるので合計12箇所になるというわけです。
また、肉体に重なって広がる「エネルギー・フィールド」については7界層説をとっています。これには正直、最初は戸惑いました。私は肉体を勘定に入れた4界層説をとっていましたので(これが総合的に見ていちばんしっくりくる)、この説とは整合性が見い出せません。けれども、自分には霊視能力がないものですから、バーバラの知見を信じるしかなく(私の「直感」はバーバラの説が正しいと伝えていた)、さてどう解釈したらよいものかとしばらく途方に暮れることになりました。
ところが、続編の『癒しの光』になって、7界層の「エネルギー・フィールド」のさらに上位の〝次元〟*に、「ハラレベル」と「コアスター」の界層がある、と言うようになったのです。バーバラは、その〝次元〟の構造についてはハッキリとは断定していませんが、前後の関係や私の直感が伝えるところから判断すると、「ハラレベル」が「第五霊生密度」、「コアスター」が「第六霊生密度」を指していると考えられます。
*バーバラは、「他に適当な言葉がないので〝次元〟と言うことにするが、ハラレベルが5次元かどうかは解らない」と言っている。
ということで、結局バーバラも、
❶ 肉体(→ 第三霊生密度)
❷ ヒューマン・エネルギー・フィールド(→ 第四霊生密度)
❸ ハラレベル(→ 第五霊生密度)
❹ コアスター(→ 第六霊生密度)
の4界層説に帰着しているのです。
ということは、「エネルギー・フィールド」の7界層というのは、「第四霊生密度内」のサブプレーンを示しているということになります。この関係が分かったことで、私の当初の戸惑いはほぼ解消されました。しかし同時に、副産物として、私が長年考えあぐねていたもう一つの疑問に対する答えも見い出せたのです。
それは、ロバート・モンローが示した「Focus」の分類法とトランスのレベルに関する疑問です。モンローは、宇宙の振動レベルを7×7の49界層に分け、それぞれを「Focus #(いくつ)」と呼ぶようにしました。その際に、いわゆるトランス状態というものが、早くも「Focus 10」あたりから始まるのです。
「Focus 10」と言えば、7つの大界層から見た場合、「第二霊生密度」にちょっと入ったあたりを指すことになります。「第二霊生密度」は、まだ物質界の「植物」レベルの界層ですから、それなのにトランス状態を示すということの理由がどうしても解らなかったのです。けれども、モンローが示した49界層は、バーバラが言う「エネルギー・フィールド」内のサブプレーンの、さらにサブプレーン*だったと考えればこの謎が解けます。
*昔から、7界層はさらに7界層に分けられ、それもさらに7界層に分けられる、とずっと言われてきた。
モンローが描いたマップは、「第四霊生密度」内の旅の地図であって、瞑想という手段は、その中を旅することで、宇宙全体を疑似体験するようにできているのではないか、ということです。つまり、宇宙全体の7界層と、「第四霊生密度(=アストラル界)」内の7界層とは、入れ子構造になっているのでは?ということです。
これは、まさに「ホログラフィック宇宙論」が示すところのものです。さらには、「エネルギー・フィールド」内の7界層が「チャクラ」の7界層のそれぞれと対応しているのですから、人体が、「大宇宙」と相似形を為す「小宇宙」であるということをこれもまた証明しています。したがって、大宇宙の創造と、人間の創造プロセスとは、完全に入れ子構造になっているということであり、もうそれを創世記の〝神話〟で解釈する必要がなくなったのです。
また、バーバラの知見で「なるほど!」と思ったのは、「ハラレベル」と名づけた界層の発見です。この「ハラレベル」は、「肚レベル」の意味だと思われますが、バーバラがその界層を見い出したのは、自身が運営するスクールの生徒から、「丹田」はどこに属するのか?という質問を受けたことがきっかけだったと言います。
私も、ずっと同じ疑問を抱いていました。日本の武道では「丹田」をパワーの中心点とみなして重んじていますが、これは「第3チャクラ(マニピューラ)」のことを指しているのだろうか?‥‥それにしては、臍下にある「丹田」と、みぞおちの「第3チャクラ」とでは場所が一致しないし‥‥と、納得できる答えが見い出せなかったのです。
けれども、バーバラの霊視能力がさらに向上していくと、「エネルギー・フィールド」の界層とは異なるさらに上位の〝次元〟に、「丹田」の場所を見い出したというのです。まさしく、それは臍下から指三本の位置にありました。そして「丹田」が、地のエネルギーを吸い上げて集め、下位の「エネルギー・フィールド」の界層に供給する役割を果たしているということも見い出したのです。
この説明は、「丹田」についていろいろと聞かされている日本人にもじゅうぶん納得できるものです。また「丹田」が、「チャクラ」よりも上位の界層にあるという発見は、西洋人であるバーバラにとっては相当な驚きだったことでしょう。だからこそ、古くからその重要性を指摘してきた日本人に対し、敬意を表する意味で「ハラレベル」と名づけたのだろうと思うのです。
そして、そのさらに上位には「コアスター(星のように光り輝く核)」が見えるという話も、これまで各所で言われてきた霊視の観察と一致します。これですべてがスッキリしました。ここに、霊視の観察結果を、エネルギー・レベルの観点から説明するという革新的成果がもたらされたのです。これは今まで誰も成し得なかったことです。
さて、これらの詳細については実際に本を読んでいただくしかありませんが、バーバラは、こうした霊視による知見とエネルギー理論をベースにして、身体面の治療だけでなく、心の治療、魂レベルの治療、はては人間関係における問題までもその原因と解決策を具体的に示しました。これは驚異的な業績であり、人間レベルを超えた力がバックで働いていたと感じざるを得ません。
しかし、だからこその問題もあります。以下は決して批判ということではないのですが、推奨する際の留意点として述べておきます。まず第一に、このシリーズは三作とも上下巻で構成され、全部で六巻の大部となっています。第二に、バーバラの頭が良すぎて、分析された構造体系があまりにも複雑過ぎるために、これを読み通しかつ全体像を把握できる人がいったい何人いるだろう?と思われるのです。
第三に、ここでもまた言葉の問題が立ちはだかってきます。バーバラは、設立間もない時期のNASAに勤め、気象観察システムの構築を行なっていたというバリバリの科学者でした。そのため「自然現象の観察」という科学的手法に重きをおいていました。面白いのは、その後発現した霊視能力についても、彼女自身からすれば「自然現象の観察」という立場をとっていることです。
しかし、そんなことは一般人にはとうてい理解できません。何しろバーバラのようには見えないわけですから。けれどもバーバラは、巷間よく言われるサイキック、透視能力、オーラといった言葉が持つ神秘主義的傾向を嫌い*、自分がしていることは「自然現象の観察」であって、それとは違うんだということを明示しようとしたのです。
*この感覚は私にもよく分かり、私も当初は「神」とか「スピリチュアル」という言葉を使うことに対して非常に抵抗を感じていました。みなさんが言っている意味とは違うよと言いたかったわけです。ちなみに、船井幸雄さんなどは「神」に相当するものを「サムシング・グレート」と言っていました。しかし私は、一周回って、それは受け取り方の問題だと思うようになってからは、「神」や「スピリチュアル」という言葉を、(自分としては本来の意味として)堂々と使うようになりました。けれど、「信仰」という言葉だけには、いまだに抵抗感があります。それは「信仰」の悪影響が強すぎるからで、人類は次の段階へ行くべきだと思っているからです。ですから、(自分としては「信仰心」はあるつもりですが)今後も「信仰」を説くことはしませんし、他の人に強制することもないでしょう。
その結果、たとえば通常「ESP(Extra Sensory Perception、超感覚的知覚)」と言われるような言葉さえも、「HSP(Highly Sensory Perception)」に言いかえるといったこだわりを見せたのです。こうしたことが随所に及んだおかげで、バーバラ独自の言葉が文面をまるで乱舞するかのように出現してきます。必然的に、読者はそれらの新しい言葉とそれらが示す概念とを逐一覚え、かつ推理を働かせて読み進めなければ、理解がとても難しいという形式になっています。
これらの言葉をざっと挙げますと、サイコダイナミクス、コミュニオン、UEF、HEF、パルス、バイオジェネティクス、タイムカプセル、遺伝コード、関係コード、先祖のルーツ、コアエッセンス、IDポイント、バイオプラズマ、バイオフィールド、コアスター、ハラレベル、ソウルシート、スーパーエゴ、ホールネス、ハードペイン、ロンギング、ウッド、黒いベルベットの虚空、イラショナル・リアクション、サイコノエティック・フォーム、アストラル・アタッチメント、生体エネルギー意識体系(HCES)、等々といった具合です。
また、先ほど挙げた「ハラレベル」という言葉にしても、日本語を取り上げてくださったのは日本人としては嬉しいのですが、アメリカ人にとっては「丹田」が新しい発見であっても、日本人からすると「ハラ」という単語は「腹」をイメージしてしまうので、何かしっくりしない感じがします。あくまで私の感想ですが‥‥。
そして第四に、『光の手』まではよいのですが、『癒しの光』『究極の光の手』と続巻が出るたびに、構成にまとまりがなくなっていくような印象を受けます。これは、バーバラが、自身のガイドであるヘヨアン(おそらく評議会に所属する長老レベルの一人)をチャネリングして、下りてきた言葉を挿入するようになってから、いっそう混乱が増しているように思えます。
ことに3巻目の『究極の光の手』は、これまでの知見の再録と、ヒーリングの事例、自身の生い立ちおよび重要人物との出会い、ヘヨアンのチャネリング・メッセージとが混在し、しかも話が堂々巡りをしていてまったくまとまりを欠いていると思います。ヘヨアンのメッセージも、語っていることはその通りなのですが、どういうわけか感動を覚えません。
バーバラは、ヘヨアンのメッセージを「ポエムのよう」と称しているのですが、改行を入れてポエムふうに書かれていても、ポエティックな感じがほとんど伝わってこないのです。推測するに、このガイド(The Master's Master)も、バーバラと霊系統を同じくする「自然観察者」だったのではないでしょうか?
これは私の勝手な感想ですが、ヘヨアンのチャネリング・メッセージを独立したものとしてページに挿入するのではなく、バーバラ自身がそれを消化して自分の言葉として語ったほうがよかったのではないでしょうか。おそらく最初の『光の手』は、バーバラはまだヘヨアンの存在にハッキリと気づくことなく、自然とそのようなかたちで出来上がっていたのだろうと思います。
ここで、後学のために言っておきますが、チャネリングによるメッセージというものは、スパイラル状に展開されていくのが特徴です。言い方を少しずつ変えながら、同じ話が何度も何度も繰り返し語られていくのです。そうなってしまうわけは、メッセージの抽出される場が無時間の領域にあるからです。したがって、同じアクセスポイントに同調が起きると、何度も同じ主旨を引き出してしまうのです。(言葉はそのつど変わる)
これは、噛んで含めるという要素も持っているのですが、勘の鋭い人からすれば「くどい」という印象を与えるでしょう。そのため、語る場合にはよいとしても、文章化したときには意味がいっぺんで通るように手直ししたほうがよいと私は考えています。バーバラ自身、ヘヨアンをチャネリングした内容をそのつど講義してきたが、言葉や内容の時系列はバラバラであったと述べています。
ですから、この全6巻にしても、はたしてこれほどの文章量が必要だろうかと思うのです。話が堂々巡りしていますし、この繰り返しがかえって理解をしにくくしてしまっている感じがします。また構成もよくないために、概念把握が非常に難しい気がします。話のポイントを押さえれば、たぶんこの5分の1の文章量でもっと上手に内容を伝えられるのではないでしょうか。
バーバラが設立したスクール(BBSH)には、もしかしたらそうしたテキストやプログラムがあるのかもしれませんが、バーバラが知見した体系を、もう一段整理し直して、できるだけ分かりやすく再構成して見せる必要があると思います。これは、誰かがやらなければなりません。それをやってくれる人の登場が望まれます。
ともあれ、バーバラがこのシリーズを通して示した知見は「スピリチュアル・ヒーリング」の分野に一大革新をもたらすものであり、それも単に治癒のみにフォーカスを当てたものではなく、自己の内に隠れている神我の気づきとその意識レベルの対処法についてを語り、さらに大宇宙の創造と小宇宙(人間)の創造プロセスが入れ子構造になっていることを示したという点において、人間存在の根源にまでつながるスケールを持っています。
これは究極の示唆であり、現状これ以上のものはありません。だからこそ、ヒーラーを目指す人にとって本書を必読の書と位置づけるのです。
繰り返しになりますが、今後は「スピリチュアル・ヒーリング」が科学的視点と理論と霊能が合わさって施術されていかなければなりません。しかもそれは、単にテクニックということだけではないのです。人を癒す究極の力はテクニックではありません。その場に形成される愛のエネルギーの強さなのです。
さて、それらを十二分に評したうえで、本書が抱えている最大の問題点は、一般の読者が、みなバーバラのような驚異的な霊視能力、透視能力は持ってはいないということです。これでは、せっかくバーバラが示した革新的な「スピリチュアル・ヒーリング」の体系も、根源から意味をなさなくなるということになりはしないでしょうか。
先に、バーバラが示した体系はあまりにも複雑すぎると書きましたが、ちなみにこのように展開されます。
・身体に関する4つの次元(霊性密度)
・アストラル界内の7つのエネルギー・フィールドとそれに関する発色の状態
・12箇所のチャクラの位置と構造とその状態
・5つの性格タイプ
・人間関係を築く3種類のやりとり
・人間関係成立時の4つのアクション
・その人の現在に影響を与えているゆかりのある魂の状態
これらすべての要素を考慮した場合、そのバリエーションは際限なく膨らみます。ところが、以上のすべてが驚異的な霊視能力、透視能力をベースにしているために、それを持たないものには、的確に知覚し、診断し、手当てをすることができないということになってしまいます。さらに言うと、霊界から手を差し伸べてくる治療霊団の「光の手」が見えないということにもなってしまうのではないでしょうか。
BBSHで、実際にどのような指導をしているのかは知りませんが、霊視能力や透視能力は、生来の性質である部分がかなり大きいと私は思ってます。訓練によっては、多少はそれらが発現し向上するものの、バーバラに匹敵するような霊能を獲得できるとはとても思えません。(しかしその限界も、地球のアセンションによって、今後は少しずつ変わっていくのかもしれませんが‥‥)
けれども、打つ手はあります。本の中に振り子(Pendulum)を使ったチャクラの診断法が出てくるのですが、試してみると非常によく反応しますし、手から受けるバイブレーションの知覚反応や、問診、誘導催眠手法などを組み合わせれば、かなりのことがやれるように思います。現に、BBSHの卒業生が世界各国でたくさん活躍しているようですし、それなりの成果を見せているのでしょう。バーバラ亡きあと、私としては、それがまた「家元制度」のようにになっていかなければいいのだけれど‥‥と見守っているところです。
人間が持つ「自然治癒力」を、各種分野・事例を挙げて網羅した本
癒す心、治る力
アンドルー・ワイル
本書、『癒す心、治る力』は1995年に初出され、その後いくつも版を重ねているベストセラーです。原題は『Spontaneous Healing』と言い、「自然治癒」の意味ですが、『癒す心、治る力』という日本語タイトルは、地味な原題を補うなかなかに工夫されたよいものだと思います。
著者のアンドルー・トーマス・ワイル(Andrew Thomas Weil、1942 - )は、アメリカ在住の医学博士で、ハーバード大学医学校を卒業したのち、国立精神衛生研究所やハーバード大学植物博物館の研究員などを務めました。また、15年にわたって世界各地で伝統医学や薬用植物の利用の現地調査を行なってきたという、一般のドクターとはちょっと変わった履歴を持った人物です。
その視点は実に多岐に渡っており、ベースにあるのは西洋医学に基づいた現代医療なのですが、生薬や、手技療法、サイケデリック薬、シャーマニズムまでをも俯瞰して、ホリスティックな医療の実践的あり方を提唱しています。ことに薬効を持った植物の利用法と症例については多くの知識を持っており、「Join us in the Kitchen」のホームページで医食同源の考え方からそれらの一端を紹介しています。
本書の内容ですが、「自然治癒」という原題が示している通り、人体が普通に持っている自己治癒力をさまざまな事例を取り上げ紹介していく、といったものになっています。ここで特筆されるのは、Dr. ワイルが、神経系、消化器系、免疫系、内分泌系といった言葉と同等に、「治癒系」という言葉を使ってこれを強調している点です。つまりそれはシステムであるが、現代医療においてはそういう視点も認識も足りていないと指摘しているのです。
ここで、Dr. ワイルの微妙な立ち位置を説明しておかなければならないでしょう。今これを書いているのは2026年で、Covid ワクチンを巡る暗闇がようやく公になったというところです。今後は、現代の「医療システム」そのものが詐欺システムであったことが明らかにされていくでしょう。ですが、医療関係者のみならず、一般の人の洗脳が解けるまでにはもう少し時間がかかりそうです。
そうした中で、現在主流となっている医療システムや免許制度の立場からは、それ以外のものはみな「代替医療」の一言で括られてきました。私はこの言葉が好きではありません。患者の立場からすれば、いま困っている状態を治癒させてくれるものが「医療」であって、主流であろうがなかろうが、免許があろうがなかろうが、どれだけの設備を持っていようが、そんなものは関係ないと思っているからです。
ところが、現状はそうではありません。主流から少しでもはみ出すことを言う医者は排除される運命にありました(過去形で書いたのは、Covid ワクチンをきっかけに、それも変わっていくだろうから)。Dr. ワイルはその状況に挑戦してきたわけですが、当然ながら幾多の嫌がらせに遭遇してきたことを吐露しています。
さて、あなたが一般人であり、現に病気で苦しんでいたりする人であったとすれば、Dr. ワイルの視点や『癒す心、治る力』(本書には続編として「実践編」もある)に書かれてあることは、たぶんもっともフィットするものでしょう。Dr. ワイルの視点は、現行医学をベースにしたうえでホリスティックな観点から治癒系全体の癒しを提案しているからです。けれどもそれは、「スピリチュアル・ヒーリング」から見れば、一歩まだ手前*という立ち位置にあるのです。
*しかしこれは、あくまで『癒す心、治る力』を通じて語られているポジション。初出からすでに30年が経過し、いま現在の Dr. ワイルは「波動エネルギー医学」の領域に大きく踏み込むまでになっているようです。
人間の身体の形成は、霊 → 魂 → 心 → 肉体と進むのであって、逆ではありません。ですから、病気の原因もこの順番で起こります。「霊」そのものは無病ですが、「魂」となって個別化した際に生じてくる歪みから、病気の素が創り出されていくのです。したがって「霊」に還れば病気が消えます。(死ねば肉体の病気は消える。が、問題は生きたまま、つまり地上に足を着けたまま「霊」に還れるかどうかということ)
怪我、感染、毒素への曝露などによって、肉体が一時的にダメージを受けることがあっても(その中には死亡も含まれる)、それを「病気」化させるものは、あくまでその上位の心や魂の歪みが影響を与えたときのみなのです。それらの悪影響がもしもなければ、自然治癒力の働きで、こうしたものは自然と治っていきます。
ということで、治癒も、究極的には霊 → 魂 → 心 → 肉体の順番で成されるのであり、そのためには何らかのスピリチュアルな癒し(気づき、修正、革新等)がなければ、本当の治癒というものは起こり得ません。そのため、(現在の医療の主流の考え方のように)逆回路(肉体側)からアプローチしていった場合、一見治ったように見えても、しばらくすると再発したりまた別の病気が発生したりしてしまいます。
ですから、Dr. ワイル式のアプローチと並行して患者本人の「意識の変革」というものが望まれるのです。しかし現状の医療機関は、そんなことは露ほども考えてはいないでしょう。けれども、今後はよい医療とは単に治った治らないということではなく、「意識の変革」を促すパワーとハートを持ったスタッフによって運営されていくことになるでしょう。
肉体的治療を細分化した総合病院はもう古いと思います。日本でも、バーバラや Dr. ワイルがすでに取り組んでいたような、医師と霊能者、生薬やアロマの薬剤師、ボディワークを行う療法者などがネットワークを組んで、ひとりの苦しんでいる人に、総合的にまた適切に療法を施すシステムというものが必要なのではないでしょうか。
エネルギー・ヒーリング分野における百科事典的な古典
バイブレーショナル・メディスン
いのちを癒す〈エネルギー医学〉の全体像
リチャード・ガーバー
『Vibrational Medicine』の初版が出されたのは1988年。その後、更新・改訂を重ねて原著はこれまでに三版が出されています。タイトル名から想像がつくように、本書は「波動エネルギー」に関連した療法各種を紹介したものです。その範囲は、電気療法、放射線学、鍼灸、フラワーレメディ、ラジオニクス、クリスタルヒーリング、瞑想、サイキック・ヒーリングまでをも網羅し、エネルギー・ヒーリング分野における百科事典的な古典として今なお高く評価されています。
またそれだけではなく、その基礎となる生命観、宇宙ホログラム、物質の周波数帯、チャクラ、微細エネルギーフィールド、ホメオパシー等についても詳細な分析を行なっており、「波動エネルギー」治療に興味をお持ちの方にはぜひとも読んでいただきたい本です。各種療法の紹介については、アンドルー・ワイルの『癒す心、治る力』よりも、さらに学術的アプローチと言えるでしょうか。
それだけに、こうした記述に慣れていない方にはかなりハードルが高いと思います。日本語訳は日本教文社から出されていますが、635ページあります。各ページも段落改行がほとんどなく、文字がびっしりと埋めつくされているので、ページを開いただけでうんざりしてしまうかもしれません。本書からいきなり入るのは無理ですので、さまざまな知識を得てから仕上げに読むといった順番がよいでしょう。
著者のリチャード・ガーバー(Dr. Richard Gerber、1954 - 2007年)はアメリカ人の内科医で、ミシガン州のリヴォニアやウォーレンで26年間の開業医生活を続けながら、デトロイトにある母校のウェイン州立大学で教鞭をとりました。
学位を得て医師となる際には伝統的な西洋医学の訓練を受けていましたが、1976年より「波動エネルギー医学」に深い興味を抱き、世界中の代替療法や宗教的癒し、超心理学の研究を進め、その成果を『Vibrational Medicine』にまとめて発表しました。これは画期的な成果といえ、のちに続く人々に対し大いなる貢献をもたらしたのです。
1978年の初出から今もなお売れ続ける秘かなロングセラー
家庭でできる自然療法
誰でもできる食事と手当法
東城百合子
東城百合子さん(本名:五来百合子、1925年 - 2020年)は、2020年に94歳で天寿を全うされましたが、自然療法に関する実践的知識に関しては当代随一の方だと言っていいでしょう。驚くのは、本書が累計で100万部を超えるロングセラーになっていることです。1978年の初出で装丁もいささか古くさいのですが、それでもなお根強い人気を保っているのは、どんなに時代が変わってもそれを求める人が確実にいるということを物語っています。
東城さんの説得力は、やはりご自身の体験にあると思います。24歳のときに重症の肺結核を患い死の淵をさまよった。当時(1940年代後半)の化学療法を試してみても効果がなく、そこから頭を切り替えて、玄米を中心とした自然食と身近な野草・薬草を使った手当て法を行なったところ、やがて病も癒えて見事に健康を回復した。この経験が、生涯の活動の基盤となったのです。
最近、生前の東城さんの教室に通い、実際に病気を治したという方にお会いしました。「何が決め手になったのですか?」と訊いてみたところ、もちろん自然食の実践が効果を上げたのですが、いちばんのポイントは自分のそれまでの生き方の心得違いに気づかされたことだ、とその方は仰っていました。やはり、「心」を修正し「魂」を修復することで治っていったのです。
私の夢は、この東城百合子さんのロングセラーが、ボタニカルアートの美しい植物図をともなった素敵な本に生まれ変わることです。どなたか、やってくれないでしょうか。